東京工芸大学講演会(7/28)
- 会場は大学のちょっと広めの階段教室。席はほぼ満席で300人くらい入っていた感じ?
- 開始直前になって監督登場。しかし普通にTシャツ姿で歩いてきて準備中の学生スタッフに入り混じっていて全く違和感がない。
多分監督知らない人は学生だと思っていたに違いない……。 - 正面スクリーンにプロジェクターでPCの画面が投影。かのねこダイジェスト・笑顔・ほしのこえ予告・雲予告・秒速予告と名前のついたファイルが置かれている。
- 司会役の講師の方が登壇し、イベント開始
(以下、司会:司、新海監督:新)
司 : 今回、大学祭に新海さんを呼ぶことになった経緯ですが、学食で『学祭に呼んで欲しいアニメ監督』というアンケートを取ったところ、上位に入っていたためお願いしたところ、引き受けて頂けたわけです。
新 : こうした講演会に声をかけて頂けることもあるのですが、なかなかスケジュールが合わなかったんです。今回はたまたま都合がついたので、非常に楽しみにしていました。
- ここで、まず秒速の予告編を上映。
司 : 今日は、学生時代から今に至る経緯ということでまずお話頂ければと思います。
新 : はい。
(このときの会場の所在地、厚木について)こちらの方に来たのは春に箱根の温泉に行くとき通って以来なのですが、こちらの大学は写真学科などで非常に有名な大学と伺いました。
僕は中央大学という大学に通っていたのですが、そこも山の途中にある学校で、今日こちらに来て、景色の雰囲気は似ているなあと感じました。
それと、大地丙太郎監督がこちらの出身と伺っています。大地監督とは何度かお話させて頂いたこともありますが、有名な作品を幾つも作っておられますよね。
僕は学生時代はアニメとは縁のない、文学部だったのですが、学校にはあまり通っていなかったですね(笑)一番熱心にやっていたのはアルバイトだった気がします。
それと児童文学研究会というサークルに所属していて、そこでオリジナルの絵本を作って、クリスマスに近くの児童館で子供に読み聞かせたりしていました。
専門的に絵を習ったり、誰かに教わったりということはなかったですね。
就職が決まったのは少し遅くて大学4年の9月頃でした。
実家が建設業だったので、なんとなくそちらに行けばいいかなと思っていて、夏頃から活動を始めていたんですが、その建設業界関係の就職活動をした帰り道、たまたま知っているゲーム会社の看板を見つけて、募集要項をもらって帰ったんです。
丁度その頃というのはプレイステーションが発売されたばかりで、これからゲーム業界は盛り上がるみたいな話があったので、ゲームもいいかな、と思って試しに面接を受けてみたらそのまま採用ということになりました。
最初配属されたのは50人くらいのセクションだったんですが、そこで半年くらい雑用というか、雑誌記事の切り抜きの整理をしたりというような仕事をしていました。
次にしたのが、丁度その頃デジタル化という流れが世間的に起きていて、うちの会社でも会社のロゴマークを紙焼きのものからデジタルへ移行していたんですが、その変換作業をやることになって。
ベジエ曲線でロゴをトレスしたりとか、スキャニングしたものをフォトショップで処理したりとかいった作業だったんですが、そのときアドビ製品に初めて触れたんです。
子供の頃もPCで絵を描いたりしていたんですが、そのとき使っていたPCというのは色数がデジタル8色、クロックも4MHzくらいのものだったんです。
それが、会社に入って初めて触れたのがフォトショップの確かVer2.5でした。
僕はアニメーションを作りたいという思いは中学高校通じてなかったんです。
ただ仕事でツールを操ることで、それなりのスキルが身についてくるんですね。
そうすると、それを使って何かを作ってみたいという思いが生まれてくるんです。
そうして、はじめは会社のホームページを作ったりしてたんですが、そのうちDTPの版下を作るようなこともするようになりました。
そのうちに今度は、世間的に3DCGが流行になったんでうちの会社でも3Dのムービーを作ろう、というような話になって、3DCGソフトの選定を行ったり、それを使ってムービーを作成したりしました。
次にそこから、ゲームのOPムービーも作るようになっていって、気づいたらアニメらしきものが作れるんじゃないか、というようなスキルが身についていたんです。
例えばゲームのOPであっても、自分が作っているものを誰かが見てくれている、誰かに伝わっている、というのは嬉しいものなんです。
ただ、僕の場合それとは別に、仕事では解消できない部分が出てきてしまったんですね。
僕がそのとき作っていたのはロールプレイングゲームのムービーで、それはいわゆる剣と魔法の世界で、例えば自動販売機とか電柱があるような、僕らのこの世界というのは書いていなかった。
確かにそういったゲームの世界は非常にドラマチックなわけですが、そうではなくて、僕はもっととりとめもない世界、女の子と喧嘩したりとか今日会社に行きたくないなーという気分とか、そういうものを表現したかった。
そういう思いを吐き出す欲求が高まって作ったのが、『彼女と彼女の猫』という作品でした。
- ここで、彼女と彼女の猫ダイジェスト版上映。
新 : これは確かフォトショップ5.5とアフターエフェクツ4.0で製作していました。
これを作っていた時期というのは実は非常にプライベートが辛い時期でして、これ、最後が『この世界のことが好きなんだと思う』ってセリフで終わってますけど、ほんとにこの世界を好きだと思いたくて作ってたんです(笑)。
これを作っていたときはハードの能力がまだ低かったのでモノクロだったんですが、今観ると90年代の映像だなー、という気がしますね。
エヴァンゲリオンとかの影響がもろに出ているというか(笑)。
製作期間は一ヶ月から二ヶ月くらいでした。
丁度、イースエターナルというゲーム、ちょっと古いゲームなのでここにいらっしゃる方は御存知かどうか分かりませんが、それのOPを会社で作って、終電で1時ごろ帰ってきて、これを4時まで作ってから寝て、また8時ごろに出かけるという毎日を送っていました。
このときはまだ、声優の方にどう声をかければいいのかとか全く分からなかったので、お聞きになって分かると思いますけど僕自身と、それから友人の女の子にお願いして声をあてています。
この作品はコンテストに出して2つのコンテストでグランプリを頂いているんですが、その一つが埼玉のスキップシティというところのコンテストで、こちらで賞金100万円を頂いて、それでいいマシン、いい器材を揃えることができました。このとき買ったマシンがほしのこえを作るのに使ったものになるわけなんですが。
彼女と彼女の猫という作品をたくさんの人に観てもらえたことで、映像を仕事にすることができるんじゃないかと思うようになって、「ほしのこえ」を作り始めました。
まだ会社にいた頃から作り始めてはいたんですが、会社を辞めてから、それまで作っていたパイロット版は全て捨ててしまってそれからの製作だったので、製作期間は実質8ヶ月くらいですね。
当時付き合っていた女の子からなかなかメールが届かないということがあって、それがきっかけになっているんですが。
当初はパイロット映像を作りながらシナリオを練る、という生活を会社に通いながら続けていました。
退職をしようと決めても実際は色々しがらみがあったりするわけなんで、退職を決めてから実際に辞めるまでは結局一年くらいありましたね。
司 : 先ほど、一度パイロット版は全て捨ててしまったというお話がありましたが、自分の絵を捨てるというのは難しくないですか。
新 : 難しいというか……今でもそうなんですが、一ヶ月前の自分の絵と一ヶ月後の自分の絵というのはもう明らかに違うんですね。単に違うというだけでなく、恥ずかしくなってくるんですよ。なのでむしろ見せたくないので捨てたというのが正しいです。
今でもこの頃の絵というのは直視できないですね。
この中にほしのこえを御覧になったことがある方は……(半分以上が手を上げる)これでどういう方々がいらっしゃってるのか分かりますけど(笑)、今日持ってきているのは実は予告編4というものなんですが、予告編1・2・3は世の中に出さないように、って言ってるんです(笑)。
それで、ほしのこえを作っている最中に、「うちから売ってみませんか」というお話をいくつか頂いたんですが、声をかけて頂いた会社のうち、ComixWaveさんが一番誠実な感じがしたんです。
当初は200万円で権利を買い取りますというお話だったんです。ただ、著作権は残しておきたいな、という思いがあって、伝えましたら、それでは、ということでロイヤリティの交渉になったんです。これもはじめての経験でしたね。
ほしのこえが成功してまとまったお金が入らなければ、もうそこでアニメはやめて、また別の会社に入って別の仕事をしていたかも知れないです。
そういう意味で、ほしのこえが公開されたあの日以来、人生が決定的に変わってしまったと思います。
色んな人から怒られもしましたし(ほんとに色んな方から怒られたんですよ(笑))、作品について誉めて頂くこともあれば罵詈雑言を投げつけられることもあり。
司 : ほしのこえを作っていた当時から今も変わっていないことというのはありますか。
新 : 変わらないことというと、フォトショップとアフターエフェクツ、それにライトウェーヴで作業するというスタイルですかね。
変わらないのはそういった技法の部分だけです。
あとは、製作環境も自分の立場も、作品ごとに変わっています。
司 : ほしのこえまでは個人製作で、ある意味一人で何でもできるという状態だったわけですが、そこから次の段階として、チームで製作を行うという方向に変わってきていますよね。変わった理由はどういったことになりますでしょうか。
新 : 大きい理由としては、寂しくなっちゃったんだと思います、一人で部屋にこもって作っているのは。
雲〜では絵のメインスタッフは30人から40人でやっていましたね。
ほしのこえの頃に、別の行くべき方向性というのはあったかも知れません。
僕がほしのこえを発表したとき、これでアニメーションが小説や漫画と同じように個人の情動をベースにしたものになったんじゃないか、とも言われました。
今、振り返ってみると、僕はそちらの道は選ばなかったことになりますね。
そちらの方向性としては、今は蛙男商会さんですとか、やわらか戦車さんとかがFlashアニメという形でやっておられますけど。
僕がそちらの道を選ばなかったことについて、失望された方もいますし、直接怒られたりもしました。「君は個人でアニメを作れるという道を示したのにスタジオワークに行ってしまった」というように。
でも、僕はアニメーションの歴史のために作品を作っているわけではないので、そういわれるのはちょっと……。
雲を作っていたときというのは一番つらかったです。
それは多分、仕事として初めてアニメーションに向き合った時期だったからなんですね。
ほしのこえを作ったときは、お客さんにも見てもらえるしお金も入る、なんて素晴らしい仕事なんだ、としか思わなかったんですが、雲のとき、アニメを作ることが初めて生活になったんです。
これは想像していたことと違って結構大変でした。
それは主に自分のスキルが足りないことによるんですけど、ほしを作っていたときは、アニメを作ること自体がお祭りだったんです。
でもアニメを仕事にするっていうことは、作ることが日常生活であるべきなんです。
僕はそういうスタンスから入らなかったので、いざ仕事となったとき、色々どうすればいいか考えながらやらないとならなかった。
あとはそうですね、結局スタジオワークの作品になってしまって、作っている人たちの顔が見えなくなってしまったというのもあります。
そういった意味で雲は製作中、ストレスが溜まってしまう作品になってしまったので、秒速〜では、渋谷の自宅にスタッフに通ってもらう方式にして、自宅で作っていく作品にしました。
だから製作は楽しかったですね。
司 : 自分の作品でこうしなければいけない、というようなこだわりはありますか。
新 : 特にそういうことはないんですが……。
作品の内容についても、いつも色々なことを言われるんですが、そうした指摘の中にも、ああそうだな、と思うこともありますし、いや、そんなことはないと思うことももちろんあります。
「モノローグが多いよね」とか「映像作品なんだからセリフで表現せずもっと映像で語るべきだ」とか「電車が出てくる場面が多いですよね」とか言われるわけですが、そう言われると、じゃあモノローグをもっと多くしようだとか、じゃあ電車をメインにしてしまおう、とか逆に思ってしまう(笑)。
映像作品なんだから映像で語るべきだっていうのが、正直よく分からないんです。
映像作品と言ったって、要素として絵だけじゃなく音だってあるわけですから。
音、特に声には力があります。それは声優さんの生の声だからだと思うんですが、それだけ力を持っているのだから声によりかかった場面というのがあってもいいだろうと思うんです。
あとはこだわりというと、やはり色彩ですね。
アニメというのは普通キャラと背景の絵の作り方が違うんですが、今回の作品はキャラもフォトショップで作画することで、両者が同じ空間にあるようにしたかった。
他には……音楽とのシンクロとか、セリフの選び方というのは、こだわりというわけじゃないんですが、どうしても自分のカラーが出てしまいますね。
そのあたりは、いい意味で捉えて頂ければ作家性ということになるんじゃないかと思います(笑)。
ただ、そうやって自分のカラーが出来てくることの反動で、全く別の作品を作ってみたいという気分もあることはあるんですが。
ある意味ワンパターンというのは重要だと思っていて、それが個人製作のアニメですと作家性ということになるんだと思うんですが、秒速〜は大人数で作っているけれども僕の作品になっていると思うんです。
一方でお金をかけた作品というのが、それに見合うよう段々と平均化された作品になってしまうのだとしたら、商売として成り立つのであれば作家性に拠った作品というのがあってもいいんじゃないかと思っています。
司 : 今後、実写で作品を作りたいというような気持ちはありますか。
新 : そのつもりはあまりないですね。
手で描かれた絵が好きだからアニメーションをやっているというのもありますし、今は違いますけどやろうと思えば一人でもやれてしまうところがアニメーションの魅力だとも思っています。
子供のころ、勉強している合間にノートの片隅に落書きをしたりしていた、あの頃の延長で今も作っているようなものなんです。
誰しも自分の中には、まだ語られていない、胸のうちにはあるんだけれども外に出て行っていない物語というのがあるんじゃないかと思います。そうした物語を語るのに、アニメーションというのはふさわしい方法なんじゃないか、と。
実写というのは、半ば俳優さんのものでもあるわけで、コントロール欲求が強い人にはあまり向かない気がします。
あとはコミュニケーションが苦手な人とかもですね……。
それと、アニメーションはコンピュータと相性のいいメディアだと思うんです。
全ての素材をパーツとして扱えるのがコンピュータですから。
司 : これまでの人生で身につけてきたことで良かったと思うことはどういうことでしょう。
新 : よく学生さんからも、アニメーションの道に進みたいんだけれど何を勉強すればいいでしょう、といったことを相談されるんですが、こうしたらいい、ということは言い切れないんです。
それは僕自身が映像製作を始めたのが30近くになってからなので、学生の頃からアニメの勉強をしていたわけではないですし、学生時代は宮沢賢治ゼミですとか永井荷風研究といったようなことをやっていたんですが、あの頃やっていたことが今役に立っているかというとそういう実感もない。
なので、最初からあまりコースをがっちり決めないで、迷いを持ったときにはそのときの流れに乗ってしまうというのもいいかも知れないです。
最近でも、秒速〜の小説を書いていたときは小説家もいいかな、とか思ってしまったんですが、それも三ヶ月書いたら「やっぱりいいや」となってしまいましたし(笑)。
新 : 今日、僕の話を聞いて作品に興味を持ってくださった方は、ネットにつながる方でしたらニコニコ動画ででも今は全部観られますので(笑)。
作品を発表して対価を得ている立場としてはあまり好ましい状況ではないのかも知れませんが(笑)、物を作っている者の根源的な欲求としては、出来るだけ多くの人に、出来るだけ遠くに届いて欲しいというのがまず第一なので、そういう意味ではいい時代になったと思います。
そうして観て頂いて、これは次回作を作ってもらいたいな、とか、これは手元に置いておきたいな、と思って頂ければ買ってもらえるとありがたいですし、たとえそうでなくても、観た人の想いっていうのは何らかの形で作者の元に戻ってくるものだと思っています。
あと、僕のやっているような映像製作というのは、やってみれば意外と出来てしまうものですので、皆さんも気軽に着手してみてはどうでしょうか。
司 : 予定時間を過ぎてしまっているのですが、折角の機会ですので新海監督に質問があるようであれば、少しだけ受け付けたいと思います。
新 : あ、時間の都合がある方は、退席して頂いても構わないです、出て行かれても別に傷つきませんので(笑)。
質 : これまで一貫して切なさとか寂しさといったことをテーマにした作品を作り続けておられますが、理由はありますでしょうか
新 : 僕自身がそういう感情が好きだからというのが大きいと思います。
悲しかったり寂しかったりした、孤独な時間が多かったからかな、と……あまり人付き合いが上手な方ではないので。
そういった意味では、かつての自分自身に向けて作っているという側面はあるのかも知れません。
(では、これからもこういった作風を続けられるということでしょうか?)
はい、多分そうなるんじゃないかと思います。
質 : 僕は新海さんの下で働きたいと思っているのですが、どうすればいいでしょうか。
新 : 難しいですね……基本的に、固定でスタッフを置ける体制ではないんです。
製作が決まった段階で、原画マンさんの知り合いなどのつてを頼ってスタッフを集めるような体制でやっていますので。
それとか、背景美術の方が学校で教えている学生さんにバイトで来てもらったりとかですね。
そういうわけで、難しいとは思うのですが、ComixWaveの人に声をかけてみると何か教えてもらえるかも知れません。
質 : 商業的に、作品への条件を出されたとき、自分の中でどう折り合いを付けるものなのでしょうか。
新 : 商業的な条件ということで一番大きいのは締め切りですね。これはもう商売でやっているのだから仕方がない。
ただ、内容的な面については、折り合いをつけたことはないんです。つける必要がないということなのですが。
ComixWaveは、好きなものを好きに作って下さい、という非常にありがたい会社なんです。
もしかしたらそういったことが僕の作品の欠点に結びついているのかも知れませんが、僕自身も、そういう風に出来る環境を作ってきたつもりでもあります。
そういう意味では、内容を作るより先に自分で好きにやれるような枠組みを作ってしまうというやり方もあるんじゃないかと思います。
質 : 新海さんの作品に特徴的な、印象的なシーンのエフェクトについて教えて下さい。
新 : 使っているツールはほとんどアフターエフェクツのみですね。
複数のエフェクトを組み合わせていますが自作のエフェクトを作ったりはしてないです。
プラグインも市販のものを使うことがほとんどで、代表的なものとしては4種類あります。
まずファイナルフォーカスですが、これはアフターエフェクツ本体のガウスの単純なぼかしでは満足できない人にはお勧めです
(アイリスフィルタは使わないですか?)
あれはライセンス料が高いので……(笑)
あとは桜花抄の雪などは、パティキュラーで作ったものをほぼそのまま使っています。
それから、ノルライトファクトリ。これはレンズフレアなどの効果ですが、カスタムで組み合わせて使っています。
あと、55mmというのがあって、これは画面全体にデフュージョンをかけたりといった効果のために使っています。
簡単なエクスプレッションを自分で作ったりはしますが、それ以上の複雑なことはやっていないです。
質 : 秒速〜のキャラの影はどうやって塗っているんでしょうか。
単純なやり方では出来ないと思うんですが
新 : レタスのようなツールでは多分できないですね。
あれはフォトショップでグレースケールのまま取り込んで、なげなわツールを使って選択しながら地道に塗っていくという作業の繰り返しでした。
質 : 背景はロケハンで撮った写真を加工してるんでしょうか
新 : ロケハン写真を元にした絵が400枚、それ以外が600枚くらいの割合なんですけど、写真を直接加工するようなやり方ではなくて、まずフォトショップの一番下のレイヤに撮ってきた写真をおいて、そこで一旦パースの引き直しを行います。
次に、写真には映っていない物の配置を行います。
その状態で一旦線画を別に起こして、あとは写真をモデルにしながら彩色していくような感じです。
このあと特別にサイン会が行われて、結局さらに一時間近く監督は壇上に残っていました。
参考
上記の質疑応答の中で出てきたプラグイン関係については下記を参照のこと。
ファイナル・フォーカス、アイリスフィルタ
http://www.too.com/digitalmedia/movie/sakura/sakura_index_right.html
ジブリなども使っているプラグイン
パティキュラ
http://www.cvalley.co.jp/ae_plugin/trapcode/particular.html
ノル・ライトファクトリ
http://www.cvalley.co.jp/ae_plugin/red_giant/knoll_light_factory2.html
55mm
http://www.cvalley.co.jp/ae_plugin/digital_film_tools/55mm.html
その他、プラグイン関係のインデックス
http://www.cvalley.co.jp/ae_plugin/index.html
本イベントの告知サイト
http://www.t-kougei.ac.jp/about/event/2007/017.html