横浜美術短期大学(10/16)

  • 場所は横浜と言いながら実は長津田近くの住宅街にあるキャンパス。
    美大ということでお洒落な雰囲気満載。オタにはちょっと歩き回りづらい……。
  • 会場は200人強くらい入れそうな教室で、着いた時間がぎりぎりだったこともあってほぼ満席。
    立ち見を覚悟していたら前の方の席が空いているということでラッキーなことにそちらに案内される。その後、立ち見スペースも黒山の人だかりになっていたので座れて良かった。
  • はじめに総合司会の、準教授という方から簡単な説明。

(以下、司会:司、新海監督:新)

司 : 今回、新海さんに講演に来て頂くにあたって、事前に秒速5センチメートルの上映会を行いました。のべ100人くらいに来てもらったんですが、来て頂いた方から質問したいことというのを挙げてもらっていますので、今日はそれを元に進行していきたいと思います。

また司会はうちの学科の学生二人にやってもらおうと思います

    監督入室。
    まず、監督の作品を全部観たことがある人は、との質問に20人くらいが挙手。
    参考にということで秒速5センチの予告編上映。

司 : まず人となりについてお伺いしたいのですが、今の道に進んだ理由と言うのを教えて下さい


新 : 僕は大学時代は中央大学の文学部で、永井荷風の研究をしたりしていて、アニメ関係のことは全くやっていませんでした。

単位もギリギリで一つ落とせば留年、みたいな状況だったんですけど。

そんな中で、就職のことを考えなければと思ったのが大学4年の9月ごろですね。

丁度会社説明会の帰りに、昔から知っていたゲーム会社の看板を見て。

ゲーム業界が丁度盛り上がっている時期で、プレイステーションが発売された頃だったりもして、これからゲームが変わると言われていたんですね。

中学生・高校生の頃はよくゲームをやっていたんですけれど、主にやっていたのはファミコンとかスーファミのゲームではなくて、パソコンでゲームをやったり作ったりしていたんです。

その後大学時代はPCから離れてしまっていたので、就職時期に改めてゲームに出会ったという感じでしたね


司 : アニメを作ろうと思ったのはどういうきっかけだったんでしょうか


新 : それには紆余曲折があって一言では説明しにくいんですが、まずゲームのOPムービーを作るところから始まったんです。

就職した会社には映像を作る部署が最初なくて、自分とあと後輩一人二人と一緒にそういう部署を立ち上げたんです。

その仕事というのがすごく楽しかったんですけど、段々それだけでは飽き足らなくなってきたんですね。

それで、ゲームのための映像ではなく映像のための映像を作りたくなったんです。

丁度その頃、Y's2エターナルというゲームのOPを作っていたんですが、僕が中学生の頃にすごく好きだったのがY's2というゲームで、当時のPCの貧弱な環境でありながら割とリッチなOPがついていたんですよ。女の子が、こう、振り向いたりするアニメがあったりして。


そういうわけで、思い入れの深いOPのリメイクということだったんで頑張って作っていたんですが、その作業をしているうち、ファンタジー世界ではなくマンションとか自販機があるような世界のアニメーションも作ってみたくなってきた。

そこで、彼女と彼女の猫という作品を作りまして、コンテストに応募したんです。

何でそこでコンテストに出したのかということを今考えてみると、何らかのルサンチマンが溜まっていたんじゃないかと思います。

自分は今、世の中で何もできていない、作りたいものがあるのに世に出せていない、という思いがあって。

それが、DoGACGAコンテストでグランプリを頂いたことでもしかしたらやれるかも知れないという思いにつながっていったんだと思います。


それでもアニメーションを仕事にするということはギリギリまで悩んでいたんですがほしのこえを作り出してみたら、それがあまりにも楽しくて。

最初はそれでも、これは売るとしたら何千円で売って何枚売ったら何万円になるから……というようなことを、当時から一緒にやっていた天門さんと二人で考えたりもしていたんですけど、途中でそういうこともどうでも良くなってしまったんです。

それで、会社を辞めて没頭しようということになって。


天門さんとは当時いたゲーム会社で出会いました。10年先輩だったんですが、自分がコンテを描いて天門さんが音楽をつけて、ということをその頃からやっていましたね。

他の方と組んだこともあるんですが、天門さんとが一番やりやすいんです。

僕が何回駄目出しをしてもにこやかに応じて下さる。

他の方だと「そこまで言うなら自分で作ってみろよ」と言われそうな注文でも天門さんは辛抱強くリクエストを聞いて下さいます。

今、アニクリという一分くらいのアニメーションを作っているのですが、これも天門さんに曲をつけて頂いています。

これはNHKで12月頃から流れるので観て頂きたいんですが、秒速とはまた違ってちょっとコミカルな作品になっているんですけど、天門さんの曲がまた素晴らしくて、あんな酒飲みの30過ぎの人のどこにあんな旋律があるのかと思ってしまうんですが。


司 : 影響を受けた作家さんというのはおられますでしょうか


新 : まず、これはよく言われるんですが村上春樹さんの小説にはすごく影響を受けてます。

大学時代は講義に出て授業も聞かないでずっと村上春樹の本を読んでいたりもしました。

主に言葉遣いですとか、文章的に影響が大きいですね。


あとはアニメということですと、大体天空の城ラピュタと答えてるんですが、これはもうビデオが擦り切れるほど観ているんですけど、その他にですね、エヴァンゲリオン新劇場版を最近観に行って、実はすごく好きだったということを思い出しました。

エヴァがテレビでやっていた頃というのは丁度就職直後くらいの暗黒期で、ずっと部屋に引きこもっているような状態だったのであまり思い出したくなかったんですが、それでエヴァを観ていたこととかもすっかり忘れていたんですけど、今回改めて観てこの次レイが何て言うかとか、全部覚えていて、自分でも驚きました。

あとエヴァでもう一つ思い出したのが、僕は中学の頃、アニメージュ風の谷のナウシカのマンガを連載していたのがすごく楽しみで、毎月立ち読みしていたんですけど、それからしばらくぶりに、たまたま本屋で見かけて懐かしいな、と思って手にとったアニメージュが、丁度エヴァンゲリオンというアニメが始まる、という宣伝が書かれている号だったんです。それで、観てみようかなと思ったというのも、最近思い出しました。


司(講師) : エヴァンゲリオンファンとして私も一言言わせてもらいたいんですが、新海さんと庵野監督の共通点として、メカに対する、特に鉄道に対する愛情みたいなものがあると思うんですが


新 : ああ、新劇場版を観て一つ残念だったんですけど、鉄道が全て3DCGになってしまってたんですね。そこがちょっとがっかりしました。

庵野さんの作品なんだから止め絵でスライドするだけでも構わないから手で描いて欲しかったですね。

僕自身は、電車が走っている風景を外から見るのは好きなんですが型番とかは詳しくないんですよ。

なので、鉄子の旅的な薀蓄はないんです


司 : 新海さんの肩書きが、監督とか映像作家とか色々あるんですが、どれが一番ふさわしいのでしょうか


新 : 僕は名刺を作っていないので、そのときそのときで肩書きもばらばらなんです。

よく監督と呼ばれますけど、監督と呼ばれるほどには物をちゃんと作れていないのではないかという思いもあって。

むしろスタッフが一緒にいるときは、「こちら監督です」みたいに紹介されるんですがこれはもしかして責任というか自覚を持て、と言われているのかなと思い始めています。

なので、自分ではこれまで『映像作家』とか幅の取れる表現を使ってきたんですが段々最近になって覚悟を決めないといけないのかな、というように変わってきた感じです


新 : こうして観ると自分のやっていることがびっくりするくらい変わってないのが分かりますね……。

一言で言うと、学生から世の中に出て感じたことをあの作品に詰め込んでいます。

あの頃から、変わった部分はもちろんあるんだけど、最後の「この世界のことが好きなんだと思う」というセリフにこめた、自分自身がそう思い続けていたいという気持ちは、秒速になるまで変わっていないですね


司 : 新海監督の作品は他のアニメ作品とちょっと違うストーリーな印象を受けるんですが


新 : 一番やっていて難しいなとも思うところなんですが、僕は大きなスタジオに所属している訳でもなく、ちょっとインディペンデントな立ち位置で、小ぢんまりしている規模でやっているので、大きな規模で作られている作品とは違うものをやっていきたいとは思っています。

それはハリウッド的な分かりやすさ、誰にでも分かるエンターテインメント性だったりしますけど、そういったものは最初から考えていないです。

それについてはいいところも悪いところもあると思うんですが、世の中に今流通しているものとは違った手ざわりのものを作っていきたいとは思っています


司 : 作品の世界観を構築するために影響を受けたことというのはありますか


新 : これは誰でもそうだと思うんですが、生きていると、あのことがポイントとして世の中の見方が変わった、ということがあると思います。

それが例えば9.11やオウム事件のような社会的な出来事の場合もあると思うんですが自分の場合、それは大抵プライベートな、人と人との関係です。僕の場合はまだ結婚しているわけではないので、主にそのとき付き合っている人との関係などですね。

これまでの人生でそういうことが3度あったんですが、具体的にはあまりにもプライベートなことなので恥ずかしくてちょっと言えないですが、その3度とも一対一の関係の中で影響を受けています。


秒速5センチメートルという作品は、正しくそうした人の心の距離とか変化の速さをテーマにしているんですが、具体的にどういうことかと言葉で説明しようとしても難しいですね。その上手く説明できないことを60分の映像で描いているわけですから……。

ただ、作品づくりとして、同じような環境で育ってきた人たちの、それほど離れていない共通の認識、デジャヴみたいなものに意図的に訴えるような作りにはしています。

ノスタルジーを道具として使うというのは、その人の生きてきた環境にも左右されますので、必ずしも有効に働くとは限らないんですが、作品のフック、釣り針ですね、

そういう観るための入り口にしてもらうためにはいいかな、と思ってずっと使ってきていました。


ただ、それをいつまでも当てにしてしまっていいのかという気持ちが最近になって段々出てきてはいます。

僕の作品は海外でも観て頂いていて、良かったですとは言ってもらえるんですがなにか違わないか、本当にちゃんと伝わっているのか、という不安もあるんです。

作品のプロモーションでヨルダンにちょっと短い間行っていたことがあるんですがヨルダンて一夫多妻制の国だし、猫とかじゃなくてラクダなんじゃないの?とか思ってしまったりして、よく分からなくなってくるんです。

そういうわけで、これまでは戦略だと思ってやっていたところがあって、それはマイナー作品ですから乗れるところには乗っていかないとという思いもあったんですがそういうところをそろそろ外してもいいんじゃないかな、と思い出しています


司(講師) : またちょっと失礼します。新海さんは大学で永井荷風を専攻されてたということでしたけど、永井というのが正にそういう叙情的な作家だと思います。

そのような、日本人的な意識というものと今のお話も関係してきますか


新 : そうですね、万葉集とか読んでも、今と物に対する感じ方が変わらないですよね。

日本人らしさといったときに僕はそれは四季に対する感受性だと思うんですが、そういうものは、連綿として続いている感覚としてはあるんじゃないかと思います。

まあ、そういった前提を当てにした作りは秒速で一段落したんじゃないか。じゃあ次はどうやってこうかと、この数ヶ月ずっと考えているんですが。

そういう意味では、先ほどの話に戻りますが、恋愛で大きく変わったという感覚はこれまで何度かあったんですが、今は秒速以前と以後で意識が大きく変わったという思いがありますね


司 : 自分自身が変わっていくということが怖くはないですか


新 : 自分自身が変わることへの恐怖というのはこれまでの人生であまりなかったですね。

むしろ他人の心が変わってしまうという恐怖の方が、20台半ばくらいまではありました。

ただそれも、省みて自分の気持ちというのも、自分のコントロールを外れて変わってしまうことがあったんですね。

そうすると、自分の気持ちも変わるんだから相手の気持ちが変わってしまうことについて不平を言うのは理にかなってないなと思うようになって、最近はそういう恐怖というのはあまりなくなりました


司 : そういう意味では変わらない思いをずっと持ち続けている貴樹とは逆ということでしょうか


新 : そうですね、あれも……うーん、自分の気持ちと貴樹が今思っている気持ちっていうのはイコールじゃないんですよ。

登場人物と自分の気持ちが100%イコールになることというのはあまりないです。

貴樹に関して言えば、彼はああ振舞うしかなかったんじゃないかと思います。その辺は、登場人物をコントロールしきれていないということになるのかも知れませんが

新 : ここで、笑顔という映像を観て頂こうかと思うんですが、これはNHKみんなのうたのために作った作品です。

作っている当時ハムスターを飼っていたので、作中にもハムスターを登場させているのですけど、ちょっとこの作品については批判を頂いていまして、それについてまず説明をさせて頂きたいと思います。


    (以下、「笑顔」の映像についてのネタバレを含みます)

この中で、ハムスターが回り車で遊んでいたらそれがいつの間にか草原を走っている絵になるという部分があるんですが、ここについて「人間のペットに対する思い込みとか身勝手さが表れている」という批判を頂いたんです。

実際には狭い檻の中の回り車の上を走らされているのに、そこに大草原を走っていてくれればいいなと思い込んでいる、ということですね。

ただ、それは敢えて分かってやっているというか、「だってそれでも僕らはペットを飼っているではないか」という思いがあって。

例えば今の飼い猫というのは、外の世界に放り出されてしまった場合、平均寿命が5年くらいになってしまうという話もあるんですね。

そういう意味で、飼われてでも長生きできて餌の心配もせずいられるのと、自由にいられるということ、どちらが幸せかというのは分からないんじゃないか、と。

だからこの作品のようなペットに対する一方的な思い込みというのは、確かに人間の醜さかも知れない。でも、それが人間の温かさかも知れない、というように考えています

    ここで「笑顔」上映

司 : それでは次に、映像を作って生活していくということについてなんですが


新 : 映像を作って行く上で、小ぢんまりとした体制で作っているからこそ実現できることということはあると思います。

また僕はオリジナル作品がたまたま続いているけれども、特にオリジナル信仰があるというわけでもないです。

ただ、それで食べていけるかどうかというのはまた別の話で、例えばこの『笑顔』の場合NHKの買い取りという形だったので、評判が良くても悪くてもお金は払ってもらえる、という形式でした。

なので、取り敢えず口当たりのいいものにしていきたいなと、というつもりで作っていました


司 : 秒速〜は三話構成になっていますが、ああいった構成にしようというのは、どのように思いつかれるのでしょうか


新 : 作る作品が音楽が前提にあるPV的なものなのかストーリー的なものなのかというのはあると思いますが、どちらにしてもまずワンアイディアがないと取り掛かれないです。

例えば今の『笑顔』という曲の場合、歌詞だけ聴いていると恋人に対する想いですとか親子の間の想いですとか、そういう風に感じると思います。

ただここではそれを少しずらして、ペットとの関係にしてみようかなと思ったんです。

これが例えば『ほしのこえ』であれば、彼女からのメールが届くまでの時間のずれですとか、そういうように作品の核となるアイディアを思いつくことが重要ですね。

これは机の前にいて考えていてもなかなか出てこないです。

例えば電車の中ですとか、ジョギングしているときに思いついて、忘れないように帰ってからエディタを開いてすぐ書き留めるとかですね。

今日もこちらに来る間、小田急線の中で今抱えているゲームのOPの絵コンテについてずっといい案が出てこなくて悩んでいたんですけど、ちょっと思いついたことがあったりしました


司 : 製作には主にマッキントッシュを使われていますが


新 : ハードウェアはそのとき普通に買えるものを使っていますね。

会社時代はお金の関係でミドルレンジの入門スペック的なものを使っていましたが。

あとデジカメを利用した作りというのは彼女と彼女の猫の頃から変わらないですが当時は100万画素くらいのカメラでした


司 : 光の表現などは作品ごとに変えているのでしょうか


新 : 色へのこだわりというのはありますね。それは作品ごとにテーマがあるんですが、作っている間に段々変わって行ったりもします。

この作品はもっとシンプルにやっていくつもりだったのに終わってみたらそうでもなかった、というようなことはよくありますね。


秒速に関していえば、色にはものすごくこだわったつもりです。

キャラ絵についても背景美術が決まってからそれに合わせて色を決めたりですとかちょっと普通のアニメ製作では出来ないようなことをしていますね。

1000カット全てのキャラの色を、美術に合わせて自分でカスタマイズしています。

秒速では1600万色でも足りないと思うことがしばしばありました。同じ黒であっても今よりももっと黒い黒が欲しい、今よりもっと白い白が欲しい、というように。

こういったものは周りの色などとのバランスの問題だとは思うんですけど、背景を描く者としてはそれくらいこだわりを持ってやっています


司 : そういった背景の中でも新海作品といえばやはり空が特徴的だと思うんですが、空には対しては思い入れがあるのでしょうか


新 : 思い入れというか、最初のうちは単純に空を描くのが楽だったんです。

グラデーションもPCで描いてますので一発でかけられますし、雲も不定形ですからアイレベルとパースさえ合わせればがーっと描けちゃうんですね。

色も時間帯や天気によってバリエーションが出しやすいですし。

そういう意味で、制作の上でのコストパフォーマンスが良かったんです。

ただ、お客さんに誉めていただいたり感想をいただくことでそれに引っ張られて空の表現の比重が上がってきた面はありますね。

そう、御存知の方おられるかどうか分かりませんけど、mixiで僕の作品関連のコミュニティがいくつかあるのですが、その中で「新海っぽい写真を上げるコミュ」っていうのがあるんです。あそこは参考にさせてもらいました。

秒速でもそうですし、この間作った長野の新聞社のCMでも同じようなやり方をしています


司 : 秒速5センチメートルが短編連作という形式になったのはどういう理由からでしょうか


新 : まず第一に短い作品を作りたかったというのがあったんです。

映画というのは長いものほど観るのに覚悟が必要になってくるので、気楽に観てもらえるものにしたかったというのと、制作的にも楽なんじゃないかという期待がありました。

雲の向こう〜の制作がすごく大変だったというのがあって。

でも秒速も、実際やってみたら大変だったなというのはありますね


司 : 第二話で、貴樹が出す当てのないメールを打つ癖がついた〜というところがありますけど、自分のことで恐縮なんですが、自分もああいうことをすることがあるんです。なので観ていて正に自分のことだ、と驚いたのですが


新 : そう言って頂けるとありがたいです。

僕自身は、メモとして携帯にちょっとしたアイディアを残しておくようなことはたまにあります。例えば電車に乗っているときですとか。

そうではなく誰かに宛てた文章を打って、すぐ消してしまうというようなことはやったことはないですね。

それは作品の登場人物と作者である自分は違うということでもあるんですが、貴樹の行動はあくまで作品としての必要上出てきたと言うことになりますね


司 : また私自身のことで恐縮なんですが、私も転校の経験が多いので貴樹の気持ちがよく分かりました


新 : そういう意味で先ほどの話と絡めますと、実は転校を続けている人の方が変わってしまうことへの恐れがあるのかも知れませんね。

角田光代さんという方の作品内で「転校をしたことのある人間としたことのない人間は決定的に違う」という文章があるんですが、それを読んだときすごくびっくりしたんです。

なので、秒速5センチメートルで貴樹が転校を繰り返しているという設定もそれに影響を受けているかも知れません


司 : 恋愛にしても、転校が多いとどうしても遠距離恋愛になってしまうことがあって、そのとき相手と気持ちが離れていく様子というのが秒速ではすごくリアルだと思いました


新 : そういう風に思いを重ねて観て頂けるのが一番嬉しいです。

僕自身は遠距離恋愛の経験もないのでそのあたりは基本的に想像力で組み立てているわけですが、普通の恋愛でも何か大きな出来事があったわけじゃないけれども段々間隔が開いていってしまうということはあるわけで、それと同じようなことではないかな、と思って作っていました。

他にも、コスモノウトで女性の気持ちを何故ここまで書けるのか、と言って頂けることもあるんですが、女性になったことはなくても女性の気持ちになってみることはできるわけです。これは女性の作家さんが男性のことを書くときも同じことで「私の好きな男の人はどんな風に思っているんだろう」と考えて書いているのじゃないかと思います


司 : 秒速〜の結末は作っている途中に決まったのでしょうか、最初からあのような形だったのでしょうか


新 : 最初から決まっていました。というより最初はあれ以外の結論は考えてなかったんですが、作っている途中に、本当にこの終わり方でいいのか、観た人の中にすっきりしないものが残ってしまうのではないか、ということで随分悩んだ覚えはあります。

ただそれも制作が佳境に入ってくるとあまり考えなくなってしまって、完成する頃にはラストについてどう作るか悩んだこと自体を忘れてしまっていたんですね。

なので、実際に公開されてから阿鼻叫喚というか「ひどい!」という感想が多くてびっくりしました。

あの結末に納得が行かないという方は、今度発売されます秒速5センチの小説の中にもう少し詳しい事情が書いてありますので読んで頂くと良いかもしれません。

小説版の方がもしかするとしっくりとくるのではないかなあとも思ったりもしています。

今回自分でノベライズしてみて、自分の作品ながら割と小説的な映像だったというのが分かりました。小説に向いている作品だったんだなとも思いましたね。

貴樹に関してはああいう終わり方にしないとまた同じ輪の中に入ってしまうわけで一歩踏み出せたという意味であの結末で良かったのだと思っています


司 : 当初はオムニバス短編集という形式だったということですが、短編のときからああいう結末の作品が一本あったということでしょうか


新 : そうですね。

今回の作品は最初は発表の目処もなかったので、短編をバラバラに作ってネットで公開して、あとは丁度今回の作品の企画を始めた頃からitunesが映像を扱い始めた頃だったので、そこで売ったりしてもいいかな、と思っていたんです。

結局Yahooで先行配信ということをやることになったので、Yahooでやっちゃうとitunesとはライバルですから(笑)そちらで売るというのは結局できなかったんですけど。

まあ今だとニコニコ動画で秒速も全部観られるようになっていますけど(笑)


司 : 背景を描き上げるのにどれくらい時間がかかるのでしょうか


新 : 理想は一人一日2枚というのが美術スタッフの中では言われていました。

でもどうしても大変なところというのは一週間かかっちゃったりしますね。

逆に簡単なところは一日5枚くらい描けてしまったり。

そういう意味では普通のTVアニメシリーズとは配分が全然違います。


今日こちらの大学にお邪魔してデザイン科の作品を見せて頂いてキャンバスに筆で描いたアナログの絵というのを久々に見ましたが、すごいですね。

僕はアナログ美術の勉強をしたことがないので未だにそのあたりはコンプレックスがあるんです。

それは同じアニメの製作者に対してもやはりあるんですが。


僕の場合はフォトショップで描くための美術として最適化されたものを描いているんですね。なので、フォトショップのバージョンアップと描き方の変化が一緒になっているんです。

なんかアドビ大好きみたいになっちゃってますけど、たまに気分を変えてみようかと思って、ペインターを買ってみて使ってはみたけどやっぱりしっくり来ないんですね。

なのでまたフォトショップに戻ってしまいました


司 : 海外でしばらく生活するということですが、村上春樹も海外に行っている間に作品を書いたりしています。監督も現地で作品を制作される予定があるのでしょうか


新 : 今のところはちょっと分かりません。僕の場合は行って一年くらいだと思いますし。

先ほどもちょっと話に出ましたが、同じ場所での共通前提に立った作品づくりから少し離れてみたいというのがあって。

僕は長野から東京に出てきたんですが、もう何年も暮らしているので食事に行こうと思ってもどこに行けばいいかすぐ分かる、夜飲みに行きたくなっても適当な店を知っているという感じで、すごく居心地が良くなってしまっていて、このままでいいのかとちょっと怖くなってきたんです。

一度、「あなた誰?」と言われるようなところで一から勉強し直したいと。

そういう意味では村上さんのように何か手応えがあって行くというわけではないです


司 : 遠距離恋愛の実践というわけではないんですね


新 : そういうわけではないです(笑)


司 : 最後に今後作ってみたい作品として、原作もの、例えば村上春樹さんの作品を映像化したいというようなことはありますでしょうか


新 : 村上さんの作品は思い入れが強すぎるのでちょっと難しいですね。

既にいくつか映像化されているものもありますし。

「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は映像で観てみたいという思いがあるんですが、確かアニメで、灰羽連盟でしたっけ、あれはちょっと似ていますね。

村上さん以外では、乙骨淑子さんという絵本作家さんがいるんですが、最近はこの方の作品に興味があります




この日もかなり予定時間をオーバーしていたようでサイン会などは無し。

監督は美大の学園祭というのに興味があったのか、しばらくキャンパス内を見て歩きたいとのことで、講師の方が「見かけてもサインとかねだらないようにして下さい」と注意を呼びかけていました。

最後にアンケートがあったのだけど「好きなアニメ」「好きなマンガ」「好きな小説」という項目はどうなんだろう……。

私はトークの中で出た空の話題にちなんで「sola」「宙のまにまに」「空の境界」としときましたが。





本イベントの告知サイト

http://www.yokohama-art.ac.jp/system/event/2007/0928_358.html