デジタルハリウッド大学特別授業(12/7)

  • 会場は秋葉原ダイビル内、デジタルハリウッド大学大学院。
  • 一般オフィスのセミナールームぽい会場。100人分くらいの長机席が用意されていて、その後ろに椅子だけの席が100人分くらい用意されている感じ。
    机席は学院生の優先席だったようで、一般の聴講者は後ろの椅子席に。
  • 正面にはプロジェクタースクリーン(ほとんど使わなかったけど)と、両脇に椅子。右手が司会者席、左手がゲスト席。
  • 開始時間にはほぼ満席状態。
    司会の人曰く「これまで何度も講師の方を外部からお招きしてお話を伺っていますが、今回は特にたくさんの応募を頂いていて、Webサイトで開催を発表してから三日くらいで枠が埋まってしまいました。それだけ皆さんの期待も大きいものと思います」とのこと。
  • 新海監督、入室。黒い野球帽に黒いスウェット姿。
    「すみません、今日は非常に楽しみにしていたんですが、あいにく何日か前から風邪気味でして、もうほとんど治ってはいるんですが、皆さんにうつしてしまっては申し訳ありませんので、失礼してマスクをさせて頂きますので御了承下さい」とことわってマスク装着。
    「ちょっと怪しいかも知れませんけど……」と自分で言う通り、帽子にマスク姿、全身黒尽くめで超不審人物ルックに(話が始まるとあまり気にならなくなりましたが……)。





(以下、司会:司、新海監督:新)
司 : ほしのこえでのデビューは非常に衝撃的でしたね。うちの生徒でも、新海さんみたいな個人製作を目指して入ってくる人が結構います。


新 : ありがとうございます、本当にそういう方がいらっしゃるようでしたらちょっと申し訳ないですけど……。
今回いらっしゃっている中に学生さんはどれくらいおられるんですか?


    挙手したのは50人強くらい?
司 : 新海さんはほとんどの製作をPCでされていますが、PCでの創作活動を始められたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?


新 : 僕の場合は最初からアニメの道へ進んだわけではなくて、ゲーム会社で5年くらい働いていまして、WindowsPCを使ってWindows用のゲームの、主にOPを作ったりしていたんですが、その過程でアニメを作る技術が身についたという感じですね。


司 : なるほど。アニメを作るためにPCを勉強したというよりはまずPCありきだったということですね。


新 : そうですね。なので、なぜPCでの創作活動を始めたかというより、PCがあることがまず大前提であり、フォトショップがあることが大前提であり、アフターエフェクツがあることが大前提だったんです。

僕は大学では文学を学んでいましたのでアニメ制作については何も知りませんでしたので、まずソフトウェアの使い方から入って、これらを使ってアニメを作ることができるのではないか、と考えるようになったということになります。


司 : これまで挙げていただいたのは2D系のソフトですけれども、3D系のソフトも使われていたんでしょうか。


新 : はい、会社ではLightWave3Dを使っていて、今でも同じものを使っていますね。

秒速〜の中でも、電車の車窓からの流れていく景色などにはLightWaveを使っています。

主に手描きでは難しいところを補うような使い方ですね。

僕は割と伝統的なアニメーション、セルで人物が描かれていて、画用紙に描かれた背景美術の上で動くようなものが好きなので、3DCGを前面に出した作りというのは考えなかったのですが、例えばGONZOさんなんかですとこの二つのレイヤーに加えてもう一枚、3Dのレイヤーを画面に入れてきたりしていますよね。

なので、PCだから・手描きだからというところにあまりこだわる必要はないと思っていて、それよりはどういう絵を作りたいのか、どういう絵が好きなのかというイメージが自分の中にしっかりないと、何を使っても同じことだと思いますね。


司 : 私が秒速〜などを観ていると、すごく質感が出ているというところに打たれるんですが。


新 : そうですね、質感というのも色々あると思いますが、例えばセルですと普通一号影があって、まあ、そこに処理が加えられたりもしますが、それほど凝った描き方はしませんので、質感と言うと主に背景美術でしょうか。

背景美術は、そうですね、大変でした。


司 : さて新海監督の創作の原点になったほしのこえですが、これは初めは会社に勤められながら作っていたということですよね。


新 : そうですね、会社にいた頃から制作は始めていたのですが、僕は会社をやめてからまず一ヶ月くらいminoriというゲーム会社のゲームのOPを頼まれて作っていて、そのあとほしのこえのコンテを一から切り直しました。なので、実制作は8ヶ月くらいということになると思います。


司 : この、ほしのこえを一人で作り上げられた原動力とはどのようなものだったのでしょうか。


新 : まずは作りたいという気持ちですね。その頃会社でもムービーのようなものを作ってはいたのですが、会社の仕事だけではずっと不全感のようなものを感じていて、ひたすら何かを作ることでそれを解消したかったということがあります。

ただそれとは別に、ある種のルサンチマンがあったんじゃないかと思っていて、それは世の中にこれだけ映像作品があふれていて、その中には話題になるアニメーションも話題になるゲームもたくさんある。なのに、自分も同じハードウェア、同じ環境で作っているのに誰も自分の作ったものを観てくれない。どうにかして自分の作ったものを観て欲しい、という欲求が強くあったんじゃないかと思います。


司 : そういった気持ちに後押しされて会社を辞めてアニメ制作に専念されたということですが、不安感はなかったのでしょうか。


新 : 今思うと不安感とかは全くなかったですね。本当はもっと不安を感じるべきだったんじゃないかと思うのですが、その頃はただただ作ることが楽しかったです。

ほしのこえを作っていた頃のような気持ちで作品を作れたのは一生に一回しかなかったんじゃないかと思います。

例えばさっき言った人に認められたいというルサンチマンのようなものも、一度認められてしまえば解消されてしまうわけですし、そうしたらもうあの頃のような気持ちでは作れないわけですからね。


司 : そうした個人製作から、今は一転してチームでの制作活動になっているわけですが、個人で制作している場合と異なって制作のペースですとか役割分担など悩むところも多いのではないかと思います。そうした点で、気を使われることやノウハウなどについてアドバイスを頂けたらと思うのですが。


新 : うーん、難しいですね。そういった点については僕も毎回試行錯誤で手探りでやっているのが現状なので。

一人での制作をやめた一番大きい問題は寂しくなってしまったということですね、一人で深夜机に向かうことですとか。あとは社会の中での居場所も欲しかったですし。

チームで制作する上で一番考えているのは、作品に関わってくれる仲間全員がこの作品に参加したいと進んで思ってもらいたいということですね。

それは例えば作品内容が巣晴らしいからということであっても、あるいは作品制作に対する僕の姿勢が好きだからということでも、この現場そのものが好きだからということであっても何でもいいんですが、理由はどうあれ自分の選択で作品制作に関わって欲しいと思っています。

そう思ってもらうために色々と気を使っている部分はあって、例えば外に出て帰ってくるときにはおみやげを必ず買ってくるようにしたりですとか。これはちょっとしたものでいいと思うんですけど、それこそアイスとかですね。

あとは、週に一度、スタッフの間で持ち回りで料理を作ったりといったこともしていました。

あとは……そうですね、忙しい現場ではあるんですけれども、お茶の時間を夕方に一時間くらい作ってそこで雑談したりとかですね。

とにかく少しでも楽しんで作業してもらえるように気を配ってはいました。


司 : ちなみに持ち回りで料理をする際に、監督の得意のメニューは何だったのでしょうか。


新 : 僕は料理が苦手なので、監督特権ということで免除してもらっていました(笑)。

その代わりお金は出しますということで……。

やっぱり料理は上手い人が作った方がいいですよね。


司 : 今のスタッフはどうやって集まったのでしょうか。


新 : 今のスタッフはほとんど人づてで集めたような形なんですが、その経緯を話すにはまず雲の向こうまで遡りまして、雲の向こうで作画監督をして頂いた田澤さんとはDoGA出身ということでつながりがあったんですね。それで、雲〜のときは他のスタッフも田澤さんを足がかりに募るような形でした。

秒速で作画監督をして頂いた西村さんは、雲の向こうのときに作画スタッフとして来て頂いていたんですが、そのときのつながりで、CWFilmsのプロデューサ経由で打診させてもらいました。そんな感じで、大体毎回人伝いに集まってきてもらっています。

秒速〜の他の原画・動画のスタッフについても西村さんが、今一緒に仕事をされている方ですとか、ジブリやディズニーで仕事をされていたときのツテでベテランの方に声をかけて下さったりという風にですね。

作画スタッフはそのようなかたちで、あとは美術のスタッフですが、こちらは雲の向こう〜のときに基礎となるスタッフは集まっていました。その他に今回、CWFilmsの人間が東京芸大にバイトの貼り紙をして、「アニメの美術を描いてみませんか」ということでバイトを募りました。

集まって頂いた方は、今までアナログで絵を描いていて、フォトショップとタブで描くような経験は初めてという方がほとんどでしたので、まず僕の方でPCの使い方から教えるようなところから始めました。

一方で皆さんとも、絵のスキルに関しては高度なものを持っていますので、そのあたりを教えて頂いたりですとか、お互いに教え合いながら作業を進めていったような形です。


司 : そうやって集まってきたスタッフとも段々連帯感のようなものができてくると思うのですが、どんなときに仲間になったという実感が出てくるものでしょうか。


新 : そうですね、一緒に飲みに行ったりするときにも感じたりしますし、あとは……

今回学生スタッフの方は10歳くらい歳が離れた人もいたわけなんですが、ほんとによく頑張ってくれて、年末年始の休みなどにも出てきて作業してくれたんです。

それで年末に、作業のあとみんなで一緒に初詣に行ったりそこで甘酒を飲んだりしたんですが、そんなとき、仲間になれたのかな、と思ったりしましたね。

あとは、ちょっと美談ぽくなってしまうんですが、作品が完成して初号試写というのが行われるんですね。そこで、上映が終わった後、スタッフが泣きながら『すごく良かったです』と言ってくれたりしたのがとても嬉しかったですね。


司 : そういうときの嬉しさというのはまた特別なんじゃないですか。


新 : そうですね。日常で感じる、他のどんな感覚より嬉しいと思います。


司 : 新海さんと一緒に仕事をしたいといってくる人も多いんじゃないでしょうか。


新 : ええ、よく一緒に働きたいというメールは頂きますね。中には、お金はいらない、何でもするので、丁稚奉公のような形でもいいから働かせてくれ、というようなことを言って下さる方もいて、それがそれこそ、毎週誰かしら手を上げてくれるような状態でもあるんです。

ただ熱意だけはすごく嬉しいんですが、『何でもするから』というのはこちらとしてはちょっと困ってしまいまして。

もし僕が一緒に仕事をしたいと思うとしたら、それはこちらが何十万払ってでも一緒にやりたい、という人と一緒にやりたい。

そういった、いくら払ってもいいという方と一緒にやった方が、作品にとっても幸せだと思うんです。

なので、今一緒にやりたいと言って下さる方は非常に嬉しいのですが、ある程度技術を身につけて頂いた上で、お互いプロとして出会いたい、という風に考えています。


新 : あ、すみません、ちょっと水を飲んでいいですか。


司 : どうぞどうぞ。じゃあちょっと休憩して頂いている間に聞こうと思うのですが、この中でほしのこえを観たという人は。


    ほぼ全員挙手
司 : それでは秒速5センチメートルを観たという人は。


    こちらもほぼ全員挙手
司 : なるほど。秒速5センチメートル、良かったですね。私は二話のコスモノウトがとにかく好きで。


新 : どうしてコスモノウトなんですか?


司 : あの種子島っていう舞台が好きなんです。あの草原ですとか海もそうですしそこにロケットの発射場があるというのがいかにも新海さんの世界で、新海さんにしか描けない風景だと思いました。


新 : ありがとうございます。そうですね、種子島は日本で唯一、物理的に宇宙につながっている場所なんですよね。

小さな島で、電車も走っていない、映画館もないようなところなんですが、実は羽田から二時間くらいで行けてしまうところでもあるので、皆さん一度行ってみてください。


司 : さて、休んで頂いたところで次の質問なんですが新海さんはずっとオリジナル作品を作ってこられているのですが、オリジナル作品ならではの難しさというのをお聞かせ願えればと思います。


新 : そうですね、ずっとオリジナルでやってきていますけど、やはり年々難しくなっているのを感じますね。

一番最初はいいんです。それは彼女と彼女の猫であれ、ほしのこえであれ、自分の好きなものだけぎゅっと凝縮して、それを無自覚に出していくことができたんです。

それがやっぱり数をこなすほど難しくなってきていて、一つには、前より良いものを作らないといけないという気持ちがありますよね。雲の向こうを作るときはほしのこえより良いものにしなければならない、雲の向こうができたら次はもっと良いものを作らないといけない、という風に。

それで段々難しくなってくるというのもありますし、それとは別に最近考えていることなのですが、今、僕が子供の頃観ていたようなものが、ネットで全てアーカイヴされてしまっていて、Youtubeなりニコニコ動画なりでいつでも観られるという環境が出来上がってきてしまっています。

そしてそれらの全てがタグ付けされて、例えば『泣ける』というタグであったり、『才能の無駄使い』というタグであるかも知れないですし、その中の一つとして『新海作品』というタグもあったりするのでしょうが、そうやって自分の好きな物も出来の良い物も全てタグづけされて分類されて観られる状態になっている。

そのような状況で、『何がオリジナルなんだろう』という、これもよくある話ですが、『何百万もの作品が手元で観られる状況が出来上がってしまっているのに、新しい作品を作る意味があるのだろうか』『新たに映像作品を自分が作る意味はないんじゃないだろうか』と考えてしまうんですね。

秒速なりほしのこえなりも、そうした過去の作品のアーカイヴの一つとなっていくと思うんですが、そういった状況でそもそも新たな作品を作る必要がどこにあるのか、ということを最近ずっと考えています。

その意味では、作る方にとっては難しい時代になってきてしまっているな、とは感じます。今から新たに作品を作ろうとする人にとってはハードな状況だと思います。

ただそんな中であっても、それでもやっぱり作品を作りたいという思いはあるわけですよね。

なので、それならば自分の実感から出てきたものだけをせめて作って行こう、と。

既に優れたものがたくさんあるのだから、自分が作らなくてもいいかも知れないという中で、それでも本当に作らなければいけないと自分が思うものだけを作って行こう、とそんな風に思うようにしています。

例えば技術的なテーマを紡いで、今回の作品よりもっと美しい画面にしたい、ですとかもっと良いカメラワークにしたい、ですとか、そういう技術的な課題というのはいくらでも出てくるわけですね。そういった方向でより良くしていくというのも一つあるのでしょうが、そういった技術面ではなく、ちょっと抽象的になってしまうんですが、実存というか、『せめてそれだけをつかまえて作っているという思い』というのを持って作品を作っていきたいとは考えています。


同じようにスタッフにも、どういう動機でもいいのですが自分から望んで作品に関わって欲しいと思っています。

そのためには例えば一緒にロケハンに行って、何日か泊まってその中で美味しい御飯でも食べればもうそれで頑張って作ろうと思ってもらえるかも知れないですし、種子島の海に入ってもらって気持ちいいと感じてもらえれば、その気持ちよさを作品で表現したいと思ってもらえるかも知れない。

そうやって、少しでも前向きな気持ちで作品に関わってもらえるようにはいつも考えています。


司 : 夏休みの絵日記の延長みたいな感じですね。

ところで話は変わりますが、新海監督の作品ではよく男の子女の子の淡い恋、切ない恋が描かれることが多いですが、これは何故なんでしょうか。


新 : 物語を組み立てる上で、観る人があらかじめ分かっていてくれるであろう前提として、恋心というのは誰しも一度は感じたことのある普遍的なものだと思いますので使いやすいというのはありますね。

それと、割と一対一のコミュニケーションを描きたいとはずっと思っているんですよ。

それはほしのこえや秒速〜ではもちろんそうですし、彼女と彼女の猫でも、猫と彼女とのコミュニケーションというつもりで描いています。あとは笑顔という作品ではやはり、人とハムスターのコミュニケーションというつもりで描いています。

そのように限定された関係から何かを引き出したいというのがあって、彼が思っているようには私は思っていない、その逆として私はこう思っているのに彼はそう思っていない、という、ある種のディスコミュニケーションですね、そういう状況から何らかの教訓を引き出したいなと。

それは恋人同士の関係に限った話ではなくて、親と子の関係であっても友人同士の関係でもいいのですが、例えば、彼の期待しているように僕はふるまえなかった、という結果からであっても、何がしか得られるものはあるのじゃないか、そういったものを描いていきたいと思っていますね。


司 : 今普遍的な要素として恋心というのが出ましたが、新海監督の描く普遍的な要素として『空』というのがあると思います。空にはかなり思い入れがあるんじゃないかと思っているんですが、その辺どうでしょう。


新 : 空は、一番最初は映像製作上描きやすかったということですね。一番簡単だなあと。そういう、コストパフォーマンス的なことがまずありました。


司 : そうですよね、これが波だと大変ですよね。


新 : そうなんです。空はそれこそ、PCですからフォトショップのグラデーションツールを5回くらい使えばなんとなく綺麗な空になっちゃうんですよね。

そんなわけで、主に効率が良いというのがあったんですが、今にして考えてみるとそうやってグラデーションツール5回くらいで綺麗な空が描けるというのは、元々昔から空が好きでよく観ていて、自分の中に好きな空のイメージのストックがあったからなんじゃないかという気もします。

どちらにしても最初は技術的な理由から空をよく描いていました。

例えば、ほしのこえのときに結構たくさんの雲を描いたので、終わる頃には雲だけで結構なストックが出来ていたんですね。デジタルなので保存しておけば、ちょっと持ってきて加工したりすると新しく描かなくてもまた使えたりするわけで、気が付くとそういう雲のバンクみたいなものができていたんです。

そうやってストックで組み立てられた雲を見ても、観る人は綺麗だなと言ってくれるんですが、それは多分、僕の描いた雲を見ながら、そのときその人の中の何かの思い出にリンクして、その雲より綺麗な空を思い出して言ってくれているんじゃないかと思うんです。

なので、ある程度ストックの雲でも満足して頂けるんじゃないかとは思うのですが、これは作業者のこだわりとして、一旦それまでのストックを全部破棄して一から描こうと思いまして、秒速〜では全て新しく雲を描きなおしています。

ですから御覧になって頂けると分かるかも知れませんが、ほしのこえから雲の向こうまでの雲というのは、美少女ゲームのOPなどもそうなのですが、同じ描き方になっているはずです。秒速以降は全て描き直した新しい雲になっています。

ただそれも、観る人がどう思って頂くかは自由ですので、描き直したというのはあくまで作業者としての僕のこだわりです。

それはですね、あるとき、僕の作った作品でない別の動画を観ていて、僕の描いたものに非常に似ている空の絵があったんです。それを観たとき、こういう言い方をしてしまってよければ、僕の絵の影響を受けて下さったんだなと。自分の作品の中だけにあった物が、他の作品の中でも確認できたとき、自分の絵がこういう場所まで届いたのだからもう十分だろう。だからこれまで描いてきたものは、もうここで一旦破棄してもいいんじゃないか、そんな風に考えたわけなんですけど。


司 : 新海さんの作品でもう一つ特徴的な点として、タイトルの響きがすごく独特だと思います。こういったタイトルに選ばれる言葉はどのあたりから発想されるのでしょう。


新 : 自分では割と普通につけているつもりなんですが、例えば『ほしのこえ』であれば、宇宙から届く携帯電話の電波が星からの声のようだな、ということでつけましたね。

雲のむこう、約束の場所』というタイトルはちょっと長いので、どうしようかなと悩んだ覚えはあるんですが、こういう情緒的なタイトルがあってもいいかな、ということで決めました。

秒速5センチメートル』については、これまで何度か話しているのですが、定期的にメールを下さるファンの方がいまして、その中であるとき、『新海さん知っていますか?桜の落ちるスピードが秒速5センチメートルだっていう話があるんですよ』という話が出て、面白い響きだな、と思ったもので、新作を作り始めるときに、タイトルに使っていいですか?とその人にメールを送って了承をもらったという形ですね。


司 : タイトルもそうなのですが、言葉の選び方もとても印象的だと思います。そういった言葉のストックというのは普段からされているんでしょうか。


新 : 断片的な言葉ですとか、センテンスを貯めておくようなことはしていないんですが、文章はずっと書き溜めていますね。小説めいたものもあるのですが、その他に日記を、毎日ではないんですが、稀に書くようにしていて、それがもう10年20年分くらいずっと残っています。これが作品を作るときに意外に役に立ったりするのですが、例えば中央線が出てくる場面が作品にあったとしたら、Googleデスクトップというのがありまして、これを使って過去の中央線にまつわる思い出を検索するんですね。そうすると、自分がとうに忘れてしまった思い出のようなものがそこには書いてあるわけです。それを作品のヒントにしたりするといったことはあります。

こういう方法というのはデジタルツールならではかも知れないですね。

普段は過去の日記を読み返したりはしないのですが、そうやって作品を作るときに時々役立ってくれたりします。


司 : 新海さんはどのようなアニメ作品や映像作品に影響を受けているのでしょうか。


新 : これもよくお答えしているんですが、一番好きなのは天空の城ラピュタですね。

ラピュタのどこが好きだったかというと、ラピュタに出てくる雲が好きでした。

雲の描き方が非常に美しいなというのが印象に残っていたのですが、ラピュタの雲を見てから実際の雲を観てみると、ラピュタの雲と同じように美しいと感じたんです。

そのように、現実をどのように見ればいいか、現実の見方が分かるきっかけとなった作品でもあります。

こういうことはよくあると思うんですが、現実を模した作品なのに現実より美しいと感じる。それで改めて現実の美しさを知るということですね。

例えば、僕は中学生くらいの頃Y'sというゲームがすごく好きで、のちにリメイクに関わったりもしたんですが、この中に、Y'sって御存知の方いらっしゃいますか?

    30人くらい挙手。
当然当時はデジタル8色しかなかったんですが、Y'sのゲームの中で表現されている湖だとか草原がとても美しくてですね、その美しさを見て、逆に実際の湖の美しさが分かったりといったようなことはありましたね。

あとは影響を受けたアニメということでは、エヴァンゲリオンにはすごく影響を受けたと思います。

エヴァのどこに影響を受けたかと言うと、主にアニメーションを作るやり方に興味を持ったということですね。

あのラスト3話くらいはほとんど静止画の連続なんですがものすごく張り詰めた空気を感じるじゃないですか。こういう方法もあるんだ、と、製作手法として衝撃を受けました。何かを表現したいという監督の強い思いがあれば、ほとんど絵コンテのようなものであっても、観る人を引き込むことができるというのを学びましたね。


司 : 新海監督のように一人で作品を作る道を目指している生徒もたくさんいるのですが、そういった人たちに何かアドバイスやメッセージのようなものを頂けますでしょうか。


新 : アニメを一人で作るという道を僕が切り開いたようによく言われるのですが、アニメを一人で作るというのは昔からあって、それは昔ながらの紙に手で描くという手法で山村浩二さんですとかノルシュテインさんですとか、もっと昔から作られてきていたんですね。

なので、僕がほしのこえを一人で作ったというのも、あの時点でそう珍しいことではなかったと思うんです。

では、そういった作品と比べてほしのこえが際立っていた点はどこかというと、それはテレビアニメーションの伝統的な様式、美少女がロボットに乗って戦うという様式に則った作品を作って、さらにそれを一般の流通に乗せたことなんじゃないかと思っています。

そしてそれは、個人が作ったということで観る人にインパクトを与えたかも知れないけれども、それはたまたま僕がやっただけであって、他の人がやっても同じように賞賛を受けたと思うんです。

それは、いささか誇大妄想的かも知れないんですが、こういう言い方を許してもらえるならば、あの時点での僕の役割がそういうことだったんじゃないかと。

実際あの頃というのは、そういう空気があったと思うんです。PCの能力が上がって、映像製作がもっとプライベートになっていくんじゃないかと、そんな雰囲気があって、たまたまそこに僕が乗ったというだけなんじゃないかと思います。

そしてその個人に期待する空気というのは、2004年か5年あたりで一旦途切れているんじゃないかと感じています。

それは拡散してしまったということなんだと思います。個人が観たいものや個人が作ることが出来るものが、ですね。

今でももちろんFlashベースであれば蛙男商会さんのように個人作品も作られていますし、ニコニコ動画でもそういった作品を観ることができます。

その中で、僕のようにビジネスシーンの中でやって行くというのは割としんどいことで、何も無理してビジネスにしなくても、個人製作を発表する場もあるしそこでやっていけばいいのではないかと思うんですね。

一方でビジネスシーンの中でやると決めてしまうと、先ほど述べたようなオリジナルを作ることへの悩みというのが付きまとうわけですし。

個人ベースだと全ての責任が個人に返ってきますから気持ちがくじけちゃうとそこでおしまいになってしまいます。
そういった意味で個人で続けて行くことの難しさというのをずっと感じているんですけど、逆に個人製作というジャンルに何を期待されているんでしょうね。


司 : そうですね、私が考えているのは、例えば新海作品が中東で観られているというお話があるんですが、そのようにアニメがグローバル化の流れを辿っている一方で、DVDが売れない、アニメータの生活が苦しい、というようにビジネススキームがクリエイターにとって優しい状況でなくなってきていると思うんです。

一方で、新海さんが仰られたように個人製作の発表の場というのはどんどん出来てきている。そういった中で、一人ひとりのクリエイターにスポットが当たって、正当な対価を得て、作りたいものが作れるような新たな産業構造を作ることができるんじゃないかと思っているんです。


新 : なるほど。そういう意味では、僕はクリエイターとしては非常に恵まれた立場にいると思っています。

それはCWFilmsという会社との出会いも大きいんですが、先ほど言いましたように今はもう実質的にはチームでの製作になっているわけですけれども、今でもお客さんには『あの作品は新海誠の作品だ』と思ってもらえるし、現場の人たちもこれは新海の作品であると思って携わってもらえる。そういう環境づくりが出来ているということですね。

なので、そんな僕から何か言えることがあるとしたら、個人製作というジャンルを本当にやりたいのかということをもう一度考えてもらいたいということですね。

必ずしも自分に著作権があるということがプラスになるばかりではないわけで、それは作品全てに責任を負わなければいけないということでもあるわけです。

あえて個人製作にこだわらなくても、スタジオワークで素晴らしい作品の一翼を担えて、お給料ももらえて、という方が幸せかも知れない。

それでは満足できないという人も、とにかく自分が作品を作るということが、自分にとってどういうことかをよく考えてもらいたいと思います。

何となく甘い言葉に乗るのではなくて。世の中には作品を作るよりも幸せなこともあるかも知れないわけですし。

一ついえるのは、僕のようなやり方はロールモデルがないケースなんですね。

僕のようなやり方で40、50になって作品を作り続けている人はまだいないわけです。

そういった意味で自分の手本となるケースがない、そういうキツさはいつも感じていますね。


司 : 今後の作品作りはどうなっていくのでしょうか。


新 : 多少宣伝めいたことを言わせてもらいますと、アニクリ15という番組向けの作品を作りまして、こちらは近々放送になります。

実は今日、こちらのイベントとアニクリのイベントがバッティングしていまして、僕はこちらのイベントをとったんですが、今、どこかで今監督と河森さんが話しているはずですね。

先ほど、人と人とのディスコミュニケーションをずっと描いてきたというお話をしましたが、このアニクリの作品の中でもそのことをテーマにしたつもりでいます。

ですので、良かったら観て感想を頂ければと思います。

それ以外としましては、ホームページでも既に告知しているんですが、来月から中東でワークショップを行う予定です。中東は文化も違いますし、以前からすごく惹かれていたのでとても楽しみにしています。

そのワークショップのあと、そのまましばらくイギリスで生活をしようと考えています。

僕は、秒速〜の中で、何も劇的なことが起こらない、生活そのものを作品にしたかったんです。SFでもファンタジーでもなくて、二人の関係を阻むような敵も出てこない。

そんな、何もないということそのものを描かねばという思いがあって、それがある程度描けたんじゃないかと思ったとき、次に思ったのが、自分のいる場所を外から見てみたいということなんですね。

言葉にするとなんだか自分探しみたいになっちゃうんですけど、自分が何を作ってきたのか、そろそろ外から眺めてみる時期になってきているんじゃないかと。

なので、向こうに行っても何か作品を作るつもりは今のところなくて、ただ単に生活をしようと思っています。その中で、これを作ろうと思えるものができたら何か作るかも知れないですし、何も作らないかも知れない。

そういう意味で、不安は不安ですね。

幸い、何も仕事をしなくても来年一年くらいはそれで生活できるようにはなっているんですが、いつまでも何も作らないわけにはいかないわけで、いつかは新たな作品にとりかからないといけない。ただ、一度作り始めると一年二年はスタッフを拘束することになるわけで、それに付きあわせていいのかというのはいつも考えるんですが、そういったことで、今割と不安です。

気分としては、高校を卒業して東京に来るときに近いですね。

ほしのこえのときは今ほどの不安はなくて、あのときは交通標識のようなものが見えていたんです。あとはこうハンドルを切れば目的地にたどり着くというのがなんとなく見えていた。

今はそうではないです。

なので、そういう怖さとワクワクする気持ちの両方がありますね。

僕は高校を卒要して田舎から東京に出てくるときも、ほんとは東京なんて不安だし行きたくないけれど、もうそろそろ年齢として東京くらい行かねばという気持ちがあったんですが、それと同じで、そろそろそういう年齢になってきたということなんだと思います。

そういうわけで、次回作についてはすごくゆっくり待っていて欲しいです。

と言っても分からないですけど、もしかしたら半年で帰ってきて新作を作り始めるかも知れないですし。


司 : メールも8年かければ届くわけですしね。


新 : はい(笑)、それほどお待たせすることにはならないと思います。


司 : あ、そういえばアジア太平洋映画賞の受賞おめでとうございます。


新 : ありがとうございます。実はどういう賞か良く分かっていないんですが、こういう賞を頂けると、僕自身というより何よりもスタッフに報いることができたと思います。


司 : 今日は本当に長い時間ありがとうございました。


新 : こちらこそありがとうございます、何度か熱で意識を失いそうになっていたんですが……(笑)


司 : このあと何人か質問を受け付けようかと思っていたんですが……。


新 : あ、はい、まだ大丈夫です(笑)


質 : ノベライズ版秒速5センチメートルを読ませて頂いたのですが、映像で観たときと字で読んだとき、最終的に感じる読後感のベクトルの違いというのは、意識して変えているのでしょうか。


新 : ノベライズするときに一番意識したのは、アニメーションは受動的なメディアであって、そういった中で伝えられるものを考えなければいけない。一方で小説はある程度集中して読まないといけないわけで、お客さんの側から近づいてきてくれるので、伝えられるものが変わってくるということですね。

それは長い時間での気持ちの変化であったりとか、淡々とした日常といったもの、こういうものは小説にした方が伝わりやすいと思っています。

具体的には第三話なんですが、アニメとは逆に小説ではここが一番長くなっています。

第三話というのは貴樹の淡々とした日常の連続なんですが、こういったものは活字であれば表現できるんですが映像だと厳しいので、アニメの方では山崎まさよしさんの歌の力を借りて、PV的な映像の強度で押し切ったということになりますね。


質 : 個人で製作をされていた頃から背景の完成度が非常に高いと思うのですがデッサンの勉強をされたりしていたのでしょうか。


新 : 僕はデッサン的な絵画の勉強はしてきていないです。それが結構コンプレックスでもあって、ほしのこえが終わったあとデッサン教室に一瞬だけ通ったりしたこともあったりとか、あとはデッサンの本だけは買ってしまったり今でもしているんですが、そういうわけで技術がないからこそ、せめて観察する目の方を鍛えるようにはしているつもりです。


質 : 私はアニメというジャンルは、大げさな表現のように、嘘をこそ伝えやすいものだと思っているんですが、新海さんの作品はそれとは逆に日常的な場面を描くことが多いのが画期的だと思いました。そこで質問なのですが、なぜ実写でなくアニメという表現手法をとっているのでしょうか。


新 : 実写を撮りませんか?というお話はよく頂くんですが毎回断ってしまいます。

理由としては二つあって、まずそもそも技術的に実写とアニメは違うというのが一つ。それから、僕自身が、撮られた映像よりも手で描いた映像が好きということが大きいですね。

なので、将来的には分かりませんが今はまだ、手で描いたもので何が表現できるかということを追求していきたいと考えています。

昔は、アニメーションだからこうじゃないといけないんじゃないか、美少女が出ていないといけないんじゃないか、とかロボットが出てないといけないんじゃないか、というのが少しあったんですが、今はそういったことは全く考えてないですね。

特にそういう縛りはなく、こうだと考えたものを作るようにしています。


質 : 秒速5センチメートルの、各話のタイトルに使われている文字がすごく映像に合ってると思うんですが、このあたりは意識されているのでしょうか。


新 : 文字に対するこだわりはあるとは思うんですが、それほど意識しているわけではありません。

文字に対する感覚ということでは、僕は会社にいた頃DTPの仕事を一時期やっていたことがあったんですが、そのときの経験が生きているのかも知れません。


質 : 大学は文学部だったというお話なんですが、大学時代に小説を書いたりしたことはあったのでしょうか。


新 : 在学中は小説を書いたりはしていなかったんですが、僕は児童文学研究会というサークルに所属していまして、そこで自分で絵本を描いたりはしていました。

それで絵本のコンクールに出したりしたこともありましたね。一回も通りませんでしたけど。


質 : いざ物を作って売り出すということになったとき、製作者側と売る側とで売り方の意図や宣伝展開などに意識の差を感じることはあるでしょうか。


新 : 僕たちCWfilmsという会社は非常に少人数でやっていますので、そういう作る側と売る側とでの食い違いということはないですね。

たまに、もっとTVでCMとか流してくれてもいいのになあと思ったりすることもあるんですが、その辺は作品の規模ですとか、色んなバランスを考えた上で今の体制でやっていると思っています。

ただ昔ゲーム会社で働いていたときは、一製作者としての立場と、会社の売り方に差を感じたりもしていましたね。

なので、今でも大きい会社で働けばその辺のギャップは感じるかも知れません。




新 : 次回作については、作りたい作品というかイメージが全くないわけではないけれども、まだ一つの方向をはっきり見ていないというだけですので、もしかしたら案外早くお届けできるかも知れません。

中東は一夫多妻制ということで、確か4人まででしたっけ、奥さんを持つことができるらしいんですが、そういう文化圏の方が秒速〜のような作品をどう観ているのか、とか非常に興味があります。

あちらに行きましても、定期的に近況報告のようなものはホームページ上などでしていきたいと思っています。


司 : それでは最後に、今度渋谷のライズXの方で新海さんのほしのこえが上映されることになっていて、まだ観ていない方は大スクリーンで観ることのできるチャンスですので是非観ていただきたいと思うんですが、そのほしのこえの予告編と、一緒に上映される楓ニュータウンという作品の予告編を観て今日の講演を終わりとしたいと思います。


新 : この楓ニュータウンという作品、僕も既に拝見させて頂いたのですが、『こういう物を作りたい』という気持ちを強く感じる作品でした。とてもいい作品だと思います。




ほしのこえ楓ニュータウンの予告編が上映されたあと、監督退場。







本イベントの告知サイト

http://www.dhw.ac.jp/sp/shinkai/